浅羽莢子のFine, Peace!

文芸翻訳家のぐうたらブログ。これなら続くかも。 100%真実を述べているとは限りませんが、たぶんいろんな意味でイメージダウンでしょう。

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ひさしぶりにお仕事

2006年05月21日(Sun) 18:50:03

ちょっと体調が変わって、なじむまでお仕事は棚上げしていましたが、
ひさしぶりに今日、9ページできました。
また一週間ほどできなくなるのでちょっとがんばりました。
残り、29ページ。
こう書くと、まだできそうと思ってしまいました。
「功名が辻」が始まるまでに、もう少しできるかしら。

拓哉さんに逢いたいです。
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てるてるあした

2006年05月16日(Tue) 18:00:01

以前にこのブログに書いたテレビ朝日の「てるてるあした」。
毎週欠かさず見ています。
遅い時間なので録画して、翌日や翌々日にですが。

実はとてもはまっています。
よくできたドラマで、特に脚本がいい。
まだ16歳の照代が、借金まみれで夜逃げした両親に、
「あんたのことまで考える余裕ない」と言われ、
首都圏のはずれ?の山間の静かな町・佐々良(ささら)に住む、
遠縁に当たる老女で、もと小学校教師の久世の営む下宿屋に転がり込むのですが、
家賃代わりに家事をさせ、野菜や魚中心の食生活をさせ、
仕事を捜させる久世の厳しい教育方針を、
まともな大人なら共感せずにいられないものにしていながら、
お金も他に頼る人もいないために従わざるを得ない照代の、
さびしくせつない気持ちにも共感を抱かせるという技に感心しました。

十代の子にこそ、親と一緒に見てほしいドラマで、
なぜこんなに遅い時間にと思いましたが、
今の子は早い時間には塾などで、
あまりテレビを見ないのかもしれませんね。

いけいけ~♪

2006年05月16日(Tue) 17:50:57

あと38ページ!

今日は来る予定のお客様が遅れたので、
そのぶん余計にできました。

昨日は日差しがあたたかく、風は涼しく、
気持ちのいい一日でしたが、
今日は一転、ぐずぐずですね。

今のところは順調

2006年05月13日(Sat) 13:53:33

あと51ページになりました。
少し肌寒くて何か羽織るくらいのほうが仕事ははかどります。
足が冷えるとだめですが。

ところで、今まで、コメントを非表示にしていましたが、
定期的に表示することにしました。

少しずつ少しずつ

2006年05月12日(Fri) 11:50:31

ジル・チャーチルが残り63ページとなりました。
ほんとに少しずつだけど、残りが減っていくとうれしいです。
今日もこれから作業なので、あと二時間ほどしたら、残りは五十数ページになるはずです。

でも、これは訳題をつけるのが大変そうです。
現代は「Fear of Frying」で、
一斉を風靡した本「Fear of Flying」(邦題「飛ぶのがこわい」)のもじりなのですが、
「○○がこわい」という表現は普通すぎて、
店頭で見かけたときに、もじりだということがわかっていただけるかどうか。
逆の、「飛ぶのが○○」という形にする手もあり、
とりあえず作業中の仮題として「飛ぶのはフライ」とつけてあるのですが、
これも、日本で言うフライと原書に出てくるものは少々違うので、
このまま採用とはならない気がします。

チャーチル作品はほんとに、このタイトルが難物です。
一番簡単につけることができたのが「ゴミと罰」、
一番難物だったけれど、版元に語呂遊びの得意な編集さんがいて、
みごとにつけてくれたのが「死の拙文」。
原題が映画のタイトルのもじりで(A Night to Remember→A Knife to Remember)、
その映画の邦題が「SOSタイタニック!」という、
どうにもいじりようのない代物だっただめ、
直訳という禁じ手を使ったのが「忘れじの包丁」でした。

今回はどうなることやら。

やれることはやりました

2006年05月09日(Tue) 13:14:20

今日、私としてはとても思い切ったことをしました。
松竹気付で山田洋次監督に手紙を差し上げたのです。
もう投函してしまったので取り消せません。
だからここに書いてもいいかなと・・・

そもそも手紙を書こうなどと思った理由ですが、
きっかけは先週、「武士の一分」の公式HPが更新されたとの報に、
わくわくしながら覗きに行ったことです。
トップページに記された英文に口があいてしまいました。
これでは、その上に記された、「一分」という言葉を説明する日本文の意味と、
微妙に違ってしまう・・・
もっと直訳したほうがニュアンスが一致するのに・・・。
しかも冠詞が間違っている。
HonorのHは発音しないので、「a」ではなく、
母音の前と同様に「an」にしなければいけない。
職業病かもしれませんが、
待ちに待った拓哉さんの映画であるのになんということ、
と思ってしまったわけです。

昨年の秋、拓哉さん主演で新作を撮ると発表されたとき、
海外の複数の映画関係の大きなサイトにも、
すぐに速報として掲載されました。
でもそのとき、英訳されたタイトルが
「The One-Line Samurai」になっていたのです。
「一分」を「一文」と誤解して訳したためではないかと思いました。
これがそのまま英語タイトルに決定してしまうと、
読んでも意味がわからないうえに、
映画を見ても、なぜそういうタイトルになったのか解明されないのではと、
原作を読んでみて不安になりました。

それでも、あれは速報だから、実際の公開前には、
海外の配給会社側にニュアンスをきっちり伝えて、
必ずしも直訳でなくても、
誤解されそうなタイトルは回避できると思っていました。
まったく違う、でも映画の精神を伝えるすてきなタイトルがつくなら、
それはそれでいいかと。
それが、公式HPの英文を一読し、もしかしたらだめかもと危惧を抱いたのです。

英語を操れる日本人が今までになくふえている昨今ですが、
ふだん眼にする英文の多くは不正確なものです。
ネイティブ・スピーカーなら決して書かない不思議な文章が横行しています。
一番多いのは冠詞の間違いですが、
一見まともそうな文も、細かいところがおかしいことが多く、
大手の企業の商品ラベルなどもよく読むと噴飯ものだったりします。
英語を母国語としている人に
チェックしてもらっていないのだろうかと不思議になります。
それくらいのチェック料など、大企業の予算を考えれば微々たるものなのに。

まあ、日本人の日本語もあやしくなっている時代ですから、
ネイティブ・スピーカーだからといって、
正確で美しい英語が書ける保証はどこにもありません。
いわんや、その人が日本語の微妙なニュアンスを
正しくくみ取れる保証においてをやです。
日本語の伝わり方が悪ければ、正しい英訳になるわけがありません。

とにかく、昨秋、タイトルの英訳を見たときから、
これはダメもとで松竹にメールなり手紙なり
出したほうがいいかもと考えていたのですが、
まさかこれほど早く、ちらしだの何だのが配布されだすとは思っておらず、
すっかり後手に回ってしまいました。

それでも、監督に直訴(!)すれば、
もしかしたら、海外公開には修正が間に合うかもしれないと、
あわてふためいて手紙をしたためたわけです。
今まで、「ご意見・ご感想」を求めるメールアドレスに送ることはあっても、
ここまでしたのは初めてです。

監督に読んでいただけるかどうか、
読んで下さったところで管轄違いかもしれず、
またすでにどうにもならないタイミングかもしれないのですが、
ここで拓哉さんのために何の努力もせず、
指をくわえて見ているようでは、
何のために長年、英語を日本語、日本語を英語に、
少しでも本来の意図が正確に伝わるよう置き換える腕を
磨いてきたのかわかりません。

手紙の末尾には、僭越な内容のお願いとはわかっていますが、
ただただ、「武士の一分」が日本はもちろん、
世界の映画史にも残る名作となることを願うあまりであることを、
察していただけないでしょうかと書きました。

そして、このところパソコンや携帯でばかり文章を書いてきたゆえの、
自分の字の汚さに落ち込みました・・・。
水茎の跡うるわしい字のほうが、成功確率は高いですよね。

どうか、松竹の誰かしらが検討してくれますように。

ぶじ完了

2006年05月08日(Mon) 12:02:39

「ダークホルムの闇の君」のゲラをぶじに戻すことができました。
ほっとしています。

わたしは、翻訳業界では特に人より漢字使用量が多いほうではないと思うのですが、
今回のように、もともとおとなを対象に書かれ、
こちらもそのつもりで訳した作品を、
小学校高学年でも読めるよう、漢字を減らすというのはけっこう大変でした。

ひとつには、自分がその学年だったころ、
新潮文庫など大人向けに訳されたものを、
あたりまえのように読んでいた記憶があるからです。
簡単ではなかったけれど、ルビ(ふりがな)と文脈でだいたい読めていました。
最適な美しい日本語、含蓄豊かな日本語を、
どうせわからないだろうという発想から、
二番手 に変えてしまうのはどんなものでしょう?
たとえば「恥」を「はじ」にした場合、
前後の言葉によっては、かえって読みづらくありませんか。
「何だ」を「なんだ」としたら、
「それは何であるのか」という意味の発言と、
「なーんだ、そういうことか」という意味の発言の、
どちらかわからなくなりません?
「間」という漢字が「ま」と読むのはそのまま漢字でよくて、
「あいだ」と読む場合にはひらく(漢字をひらがなに直すこと)といったルールは、
正直言って、理解できません。
ルビをふればいいと思ってしまうわけです。

わたしも、小学生で文庫本を読んでいた頃は、
読めない漢字に多々出会いました。
いまでもおぼえているのは、「贅沢」という漢字です。
辞書を引けばいいのに、先に読み進みたいからそうはせず、
「賢明」の「賢」に似ているからという理由で「けんたく」と読み、
「けんたく」って何だろううと首をひねっていました。
文脈が「子供は贅沢なものだ」でしたから、推測しづらかったわけです。
本は村岡花子先生訳の「炉辺荘のアン」でしたね。
その本のあとのほうにまた登場したとき、そこの文脈から、
「『ぜいたく』だ!」とはっと気づいた次第です。
そうやって自分で気づいたときは、独特の快感があるもので、
数学の問題が解けたときのような気分でした。

いまはマンガ(コミックとはなかなか言いづらい)でも、
総ルビは減っているようですが、
漢字と読みの複雑だけど面白い結びつきや、
日本語の多様さを早くから知る上では、
総ルビをつけるか、小学校低学年から辞書を引く習慣をつけさせてはと思います。
人のことは言えませんが。

バラエティ番組などで画面に頻出する字幕には、子供はどう対処しているのでしょう?
「ダークホルム」はかなり分量のある作品なので、
それにあえて挑戦するような子は、
おとなが思っているより読めると思うのですが。

かく言うわたしも、もともと子供向けに書かれた作品なら、
最初から漢字遣いにも訳語にも配慮します。
大事なのは原作者の意図が極力伝わるようにすること、
というのがわたしの基本姿勢ですから。

ゲラ洪水

2006年05月06日(Sat) 12:24:30

ゴールデンウィークはゲラに埋もれてすごしました。

まあ、混雑する時に遠出する趣味はないので、
沿線に新しく回転した中華のチェーン店に食事にいったくらいで、
「外出」「遊ぶ」という観点からは充分、満足しているのですが、
月曜に戻す予定のゲラがまだ三分の二残っているのはびびります。
「ダークホルムの闇の君」って、こんなに量がありましたっけ?
こつこつやっていますが、明日の夜までかかるのは避けられそうもありません。
しかも、これが終わると入れ替わりに、
キャロルの「黒いカクテル」のゲラが来ます。
来ないときは、まったく来ないけれど、
来るときはなぜか重なるのがゲラの習性のようです。

合間に、チャーチルもちょこっとずつ、やってはいます。
あと85ページ。多いんだか少ないんだか。
翻訳にかけては、国内でも(たぶん)五本の指に入る速さを誇った身がと思うと、
情けない気がしますが、
ぐちってもしかたがないので、やる時は最低3ページ、できれば5ページと、
じわじわ進めております。

「パニックの手」は5月末発売と決まりました。
キャロルの短編の中で一番好きな「秋物コレクション」が入っています。
ふしぎなことは何も起きません。

完治?

2006年05月06日(Sat) 12:18:21

昨夜のミュージックステーションに出演した拓哉さんが
サングラスをかけていなかったことがうれしくて。

副鼻腔炎とやらいうものになってしまわれて、
はれたり痛んだりしている眼を
サングラスでかばってのテレビ出演が続いていましたので。
細菌感染、ということになるのでしょうか。
よくわかりませんが、くせになって何度もなる人もいる病気のようです。

顔をカメラにさらけだしてなんぼの職業ですし、
グループでのお仕事もありますから、
つらいからといって休むわけにいかない。
けれど、むりをすれば症状が長引くだけで、
もしかすると今月中にクランクイン予定のHEROスペシャルに影響するかもしれません。

そういう、仕事の量やタイミングとバランスを取りながらの二週間だったのではないでしょうか。

ラジオで、昨日の生出演までに治らず、
サングラスをかけたまま出ることになったら、
歌の途中で頭を下げると、リスナーに約束した拓哉さん。
サングラスはしていなかったにもかかわらず、
歌の最後のコーダで、「ありがとう」と言いながら頭を下げました。
ファンがずっと案じ、サングラスをかけていないのを見てほっとするが早いか、
あまのじゃくにも、「頭を下げるのが見られなくて残念」という、
ファンならではの心理に陥ったであろうことを察した、
この人らしい対応だと思いました。

夜のラジオでもちゃんと、医者の言いつけを守ったらことのほか早くよくなったと、
きちんと話してくれました。

こちらこそありがとうが言いたいです。

気分はいつもコンサート

2006年05月02日(Tue) 07:42:19

20060502074132
毎日使用しているコースターセット。
昨年のSMAPコンサートグッズの一つです。
ゴム製で裏もコーティングされていて、しっかりした作りです。

写真のために並べたのではなく、四枚ともこれが定位置。
どくろ海賊が一番わたしの座り位置に近いのは、
拓哉さんがオープニングにこのいでたちで登場したから。

当然ながら保存用にもう1セット、ちゃんと買いました。
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