浅羽莢子のFine, Peace!

文芸翻訳家のぐうたらブログ。これなら続くかも。 100%真実を述べているとは限りませんが、たぶんいろんな意味でイメージダウンでしょう。

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金メダル

2006年02月24日(Fri) 21:54:26

オリンピックのたびに思います。
メダルが獲得できようができまいが、
気にもならないし興味もないけれど、
獲得できなかったら選手が帰国して何を言われるかと思うと、
それがかわいそうで獲らせてあげたいと思わされます。

オリンピックの意義は参加することにあったはずですが。
女子フィギュアにしても、
メダル、メダルと、お題目のようにそればかり唱え、
アイドル性はあっても体力・実力のまだ伴わない子を持ち上げて苦しめ、
別の人が金メダルを獲ると今度はその人のことばかり。
でもアイドル嬢のこともそう掌を返したように放り出すわけにいかず、
結局、そのふたりの間でがんばった四位入賞の選手はつけたしのように扱われています。
取り上げ方が極端なんですよね。

スポーツは国威発揚のためのものということで、
どんなに大きな事件が起きて、
ニュース番組のほとんどがそれに充てられても、
スポーツの結果が飛ばされることはまずありません。
芸能や文化関係のニュースは簡単に飛ばされます。

確かにスポーツ選手のがんばる姿、
身体能力の限界を伸ばした結果には、感動的なものがありますが、
それでは、三十年前、五十年前のオリンピックのメダル獲得選手の名前を、
みんなおぼえているかというと、答えはノーでしょう。
ほんのわずかなひとにぎりの選手だけです。

そこへいくと、映画やドラマ、名優や名歌手は、
長く人の記憶に残っています。
忘れがたいスポーツ名場面と、
忘れがたい名画、歌手、俳優と、
どっちが沢山、即座に羅列できるかやってみるだけでわかります。
芸能・文化ニュースの軽視は、
体育会系偏重の社会を物語っている気がしてなりません。

健全な精神が必ずしも健全な肉体に宿るものでないことは、
いまや誰でも知っていることなのに、
スポーツをしているというだけで好人物のように見なすのもおかしいし、
スポーツというのは楽しむためのものであるべきで、
体を壊してまでやるのが奨励すべきこととは思えない。
こういう考え方をするのは、やはり運動音痴だからでしょうか。
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