浅羽莢子のFine, Peace!

文芸翻訳家のぐうたらブログ。これなら続くかも。 100%真実を述べているとは限りませんが、たぶんいろんな意味でイメージダウンでしょう。

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やっと着手

2006年06月29日(Thu) 17:08:48

「みどりの妖婆」にようやく着手できました。
ちょっと疲れがたまっていたようで、
眼の前にゲラがありながら、
手をつける気になれないと言う状態。
でも、今日取りかかり、思ったより進めることができました。
このあと、順調に進むといいのですが。
「光の六つのしるし」より分量もかなり少ないので、
少し楽観しています。

翻訳者の矛盾

2006年06月26日(Mon) 16:11:43

訳をほめていただくと、こちらも人間なのでうれしくて舞い上がります。

でも、ひとつご注意申し上げたいのは、
小説家の文章はその人のものだけれど、
翻訳者の文章は必ずしもそうではないということです。
もとになる原文があっての翻訳なので、
翻訳者それぞれの文体があっても、
それは原作の文体によって変化します。
ユーモアミステリのあかるくさらっとしたテンポの良さ、
都会ホラーのそぎ落とされ、洗練された文、
異世界ファンタジーの、凝りに凝った宝石細工のような擬古文。
センテンスの長さ一つとっても、同じわけがありません。

従って、同じ翻訳者が手がけても、
Aという作家の本と、Bという作家のとでは、
文章のリズム等が異なるのがあたりまえで、
どの作家の作品も同じようになってしまったら、
翻訳としてはむしろ失敗と言うべきなのです。

なぜこのようなことを書いたかと言うと、
わたしの手がけた作品は全て読むと言って下さるかたが、
たとえばキャロル作品とタニス・リー作品、
ジル・チャーチルの文体とマーヴィン・ピークのそれの、
訳文の違いにショックを受けられるといけないと思うからです。

「同じ人間が訳したとは思えない」と言われることがあるとすれば、
それは翻訳としては大成功なのかもしれませんが、
読んで下さったかたから見れば、
「あっちはよかったのにこっちは肌に合わない」と、
がっかりされることもあるでしょう。

「同じ人間が訳したとは思えない」ーー
翻訳する側としてはそうあってくれることを願っており、
どこかに「翻訳者Aのしるし」のようなものが共通してうかがわれるとしても、
それは本人が消そうと努力したにもかかわらず、
にじみ出てしまったものだと思いたいところです。

一方で、「誰が訳しても同じ」と言われるのも悲しいものがあり、
個性を消しながら出したいという、
矛盾した思いを常に抱えているのが翻訳という職業なのかもしれません。

そもそもさほど個性的な文体を持たない作家の本の場合は、
もしかすると翻訳者の色が濃く出てしまっているかもしれません。
自分でも自覚している文章の癖もあるのですが、
それをむりに消すと、
自分の眼に、日本語として整って見えなくなってしまい、
いろいろな形を試したあげく、
結局それに戻るはめになることも多々あります。
心から「ここはこれでいい」と思うためには、
時には癖を残さざるを得ないこともあるのです。

もちろん、日本語を操る人間としての自分の未熟さにも原因はあるでしょうが、
だからと言って、たとえば編集や校正のみなさんに言われるままに書き換え、
内心では「これは違う」と思っている文章を完成品として世に出すことは、
もっと大きな問題をはらんでいます。

たとえ翻訳という、
他のかたの才能の上に成り立っているにすぎない職業であっても、
やる限りにおいては、「自分に正直である」ことが何より大切であり、
自分の今の実力の範囲内で納得のいくものになっていると、
嘘偽りなく言える翻訳であることが、
本になった完成品を受け取られる読者のみなさんへの誠意であることは、
他のどんな職業とも変わらないのです。

キャロル、リー、セイヤーズ、チャーチル、クーパー、ジョーンズ・・・
こうした作家たちの作品が、
読んで下さったかたがたにとって、
それぞれに面白く感銘深く、それぞれ大きく異なる印象を残し、
そのうえで翻訳も悪くなかったと思っていただけるなら、
それ以上のことはありません。

雑誌ラッシュ

2006年06月25日(Sun) 12:51:55

7月3日の月曜に「HERO」特別編がオンエアされるということで、
様々なテレビ雑誌に拓哉さんのインタビューがどっさり出ています。
おそらく買いのがしたものもあるのだろうと思いながら、
それぞれで見られる表情にうっとり。
TVnaviにはなんと、ピンアップまでついていました。
ばりばりアイドルをやっていた頃にはあたりまえでしたが、
さすがに近年はピンアップはなかったのに・・・。

それとも拓哉さんは今でもアイドルなのでしょうか。
「偶像」という本来の意味から言えば、
一般の人の意識では、確かに今でもそうなのでしょうね。
結局、「偶像」というのは、
まわりがまつりあげるものですから。

新人が「アイドルでーす」というふうにやっているのは、
アイドル=「異性の視聴者にさわがれるかわいい子」という、
日本独特の意味に合わせているわけです。
英語でも似たような意味に使うことはありますが、
日本ほど「かわいさ」もしくは「幼さ」を強調することはありませんし。

拓哉さんはむしろ、英語で表現するならアイコンでしょうか。
ロシアの聖像を表現するイコンと同じ言葉。
今、リーダーズ英和辞典を引いたら、
「象徴」、「崇拝の的」などの意味の他に
「アイドル」という語義もありました(笑)。

わたしは、拓哉さんをいまだにアイドルと見る人がいることには
さほど抵抗がありません。
33歳にもなってそう見られるという事実に、
木村拓哉という人のすごさを感じるからです。
でも、それが、実力や人柄を過小評価されるもとになっているのなら残念です。

一つ終わるとまた一つ

2006年06月25日(Sun) 12:35:45

「光の六つのしるし」の改訂終了。
これから「みどりの妖婆」にとりかかります。
思ったよりハイペースで進めることができましたが、
むりは禁物と自分に言い聞かせています。

うれしいです

2006年06月24日(Sat) 16:53:55

Bluemoonさん
コメントありがとうございます。面はゆいです。

もうあと少し

2006年06月23日(Fri) 17:13:42

「光の六つのしるし」の改訂が、もう少しで終わりそうです。

改訂復刊

2006年06月17日(Sat) 16:29:55

評論社から出ていた「闇の闘い」シリーズ全四巻が、
復刊されることになりました。
ありがたいことです。

改訂という形になるので、
現在、一巻目の「光の六つのしるし」に、
かなり細かく手を入れているところです。
もう四半世紀近く前に訳したもので、
いま読み返すと、硬いところが随所に見受けられます。
まだまだ新米だった頃で、
肩に力が入っていたのだなあと思いました。

順調にいけば、
11月に「光の六つのしるし」と「みどりの妖婆」が出て、
あとの二巻は年が明けてからとなる予定です。
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